【 「工具持参」、「バス」、そして・・・】
もう数ヶ月前のことで、A4 1枚に鉛筆でなぐり書きで、一番上に「キーワード」、続けて言葉の羅列してあるものが残っているだけで、それを不確かな記憶で繋ぐことしかできなくなってしまったのですが、その時、確か、まだ暖かくなってはいなかった時、これは早くも「どうでもいい話2017マイベスト」だと思った出来事がありました。
晴れた日、公園のベンチに座って、自宅で食パンに何か挟んだものを食べていました。
ベンチは3人掛けか4人掛け、植え込みを後ろにして3つか4つか5つ、向かって一番左手に母親と子供らしき、一番右手にたくさんの鞄やら何やらが並び、ひとりのオッサンが独り言を途切れることなく続け、その間でもうひとりの中高年がパンを食べていた、という状況でした。
そのオッサンの独り言ですが、大統領だの総理大臣だの都知事だのの話が続いていたのが、段々変わってきたと感じ、興味を覚え、
隣の席に「ここいいですか?」とか何とか言って移り、
前方を向いたままのオッサンの横顔を間近に見ながら、話を聞き始めました。
今、手元に残ってるメモの上半分位には、
「S42年 工具持参 長袖 安全靴 同行者 サンダル 半袖 他人のパスポート」とあります。
どういうことかというと…
オッサンは、だいぶ以前、ある朝、バスが1台止まっていて、仕事をしてもらいたい人が一人いて、仕事をしたい人達が集まっている所に行った、
オッサンは長袖に安全靴、いつも仕事で使ってる自前の工具持参。他の人達はサンダルに半袖。で、赤の他人のパスポートを渡されてバスに乗った、ということなのです。
「キーワード」は、話の中のあっちこっちに散らばっていて、繋がりが段々浮かんできたという感じでした。
「キーワード」は続けて、「バスで調布まで」。
確か、オッサンは、この時点では、まだ、なんでバスに乗るとき「他人のパスポート」を渡されたのか分からなかったと言ってました。
そして、「調布から南鳥島へ」。当たり前ですが、飛行機で。
オッサンも、バスに乗った時、バスから飛行機に乗り換えることになるとは思いもよらなかったでしょう。
でも、「工具持参 長袖 安全靴」のオッサンとは違い、「サンダル 半袖」の「同行者」達は知ってたと思われます。
続けて、「1ヶ月滞在 鹿島建設常駐 米軍兵6~7人常駐 建物の1/3→日本人 2/3米兵 日本人20~30人?」「テトラポット作り」。
「S42年」、そういう場所だった訳です。
あとちょっと続きます。
「焼肉 ビール」。たくさん貯蔵されていて食べ放題、飲み放題。「御飯」は「塩水で炊→おこわみたいになる」ということだったと思います。
そして、「サンゴとり」。
「サンダル 半袖」の「同行者」達は、「サンゴとり」をしていたのです。持って帰って随分設けただろうという意味のことも話してたと思います。
一方のオッサンはというと…「チョウチョウウオ 水浴 防弾壁」。
戦時中、岸辺に作られたコンクリートの「防弾壁」で波が届くことのない黄色い「チョウチョウウオ」達の泳ぐ潮溜まりで、「水浴」していたのです。
まだまだ話を聞きたいと思ったのですが、南鳥島は東京、東京といえば都知事、元の大統領だの総理大臣だのの話に戻りました。また会って話を聞きたいと思って、いつもどこにいるのかと尋ねたのですが、「横浜」という応え、横浜のどこかと訊いても「横浜」としか返ってきませんでした。
おしまい。
晴れた日、公園のベンチに座って、自宅で食パンに何か挟んだものを食べていました。
ベンチは3人掛けか4人掛け、植え込みを後ろにして3つか4つか5つ、向かって一番左手に母親と子供らしき、一番右手にたくさんの鞄やら何やらが並び、ひとりのオッサンが独り言を途切れることなく続け、その間でもうひとりの中高年がパンを食べていた、という状況でした。
そのオッサンの独り言ですが、大統領だの総理大臣だの都知事だのの話が続いていたのが、段々変わってきたと感じ、興味を覚え、
隣の席に「ここいいですか?」とか何とか言って移り、
前方を向いたままのオッサンの横顔を間近に見ながら、話を聞き始めました。
今、手元に残ってるメモの上半分位には、
「S42年 工具持参 長袖 安全靴 同行者 サンダル 半袖 他人のパスポート」とあります。
どういうことかというと…
オッサンは、だいぶ以前、ある朝、バスが1台止まっていて、仕事をしてもらいたい人が一人いて、仕事をしたい人達が集まっている所に行った、
オッサンは長袖に安全靴、いつも仕事で使ってる自前の工具持参。他の人達はサンダルに半袖。で、赤の他人のパスポートを渡されてバスに乗った、ということなのです。
「キーワード」は、話の中のあっちこっちに散らばっていて、繋がりが段々浮かんできたという感じでした。
「キーワード」は続けて、「バスで調布まで」。
確か、オッサンは、この時点では、まだ、なんでバスに乗るとき「他人のパスポート」を渡されたのか分からなかったと言ってました。
そして、「調布から南鳥島へ」。当たり前ですが、飛行機で。
オッサンも、バスに乗った時、バスから飛行機に乗り換えることになるとは思いもよらなかったでしょう。
でも、「工具持参 長袖 安全靴」のオッサンとは違い、「サンダル 半袖」の「同行者」達は知ってたと思われます。
続けて、「1ヶ月滞在 鹿島建設常駐 米軍兵6~7人常駐 建物の1/3→日本人 2/3米兵 日本人20~30人?」「テトラポット作り」。
「S42年」、そういう場所だった訳です。
あとちょっと続きます。
「焼肉 ビール」。たくさん貯蔵されていて食べ放題、飲み放題。「御飯」は「塩水で炊→おこわみたいになる」ということだったと思います。
そして、「サンゴとり」。
「サンダル 半袖」の「同行者」達は、「サンゴとり」をしていたのです。持って帰って随分設けただろうという意味のことも話してたと思います。
一方のオッサンはというと…「チョウチョウウオ 水浴 防弾壁」。
戦時中、岸辺に作られたコンクリートの「防弾壁」で波が届くことのない黄色い「チョウチョウウオ」達の泳ぐ潮溜まりで、「水浴」していたのです。
まだまだ話を聞きたいと思ったのですが、南鳥島は東京、東京といえば都知事、元の大統領だの総理大臣だのの話に戻りました。また会って話を聞きたいと思って、いつもどこにいるのかと尋ねたのですが、「横浜」という応え、横浜のどこかと訊いても「横浜」としか返ってきませんでした。
おしまい。
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